タマコシ シネマティック ユニバース

主に映画レビュー。その他はどーでもいーこと

有終の美 『アベンジャーズ/エンドゲーム』 レビュー

前半ネタバレ無しです。

 

 

f:id:tamakoshi21:20190506160638j:plain

 

 

 

現在、話題沸騰中!

アベンジャーズ/エンドゲーム』観てきました!

 

ありがとうアベンジャーズ!ありがとうマーベルスタジオ!

 

ブログ名からもわかる通り、僕はこの『マーベル・シネマティック・ユニバース(以下MCU)』の大ファンです。知らない興味無いという人からするとドン引きされるかも知れませんが、僕は公開二日目の仕事終わり初鑑賞で号泣、昨日は三回目の鑑賞をしてきました。MCU作品は2012年『アベンジャーズ』公開前に過去5作をDVDで観て以来は、全作品劇場で観てきましたが、今まで観てきて良かったと心の底から思いました。次回作『スパイダーマン/ファー・フロム・ホーム』予告編(注意*今日発表予定の新予告編では、エンドゲームのネタバレを含むらしいので視聴にはご注意ください)では「ニックフューリーに夏休みを支配される」というセリフがありますが、僕は、エンドゲーム(MCU)にゴールデンウィークを支配されていました。既に多くのファンがレビューを書いていて、投稿しといてアレですが、僕なんかよりもわかりやすく面白いレビューはいくらでもあるので他を読んだ方がいいです。が自分の感情を整理する意味も込めて、久しぶりに下手くそなりに長文のレビューを書こうと思います。話題の通りネタバレ厳禁の作品なので、前半は少しだけ知らない人と未鑑賞者向けのネタバレ無し、後半からネタバレありのレビューを書きたいと思います。

 

 

今作は2008年『アイアンマン』から続く『マーベル・シネマティック・ユニバース』(以下MCU)シリーズの第22作目であり、その主軸となる2012年『アベンジャーズ』の4作目にして完結編です。

4月26日日本公開(世界最速は中国の4月24日)の今作。これを書いている2019.5.6時点で、既に世界興行収入21億9000万ドル(約2430億円)に達して、歴代第2位になっているそうです。現在の世界興行収入1位は2009年『アバター』の約27億9000ドル。そう、このままの勢いで行くと、我々は映画の歴史が塗り替えられる瞬間を目の当たりにできるのです!

今までのMCU作品は、基本的に一見さんでも楽しめる工夫が散りばめられていました。だが今作に関しては、シリーズをずっと観てきているかどうかでドラマ展開やファンサービスへの感動の大きさが300%ぐらい変わる。そして、1度目よりも2度目、2度目よりも3度目が面白い。観るたびに新たな発見があり、過去作を観直したくなる。過去作を観るとまた劇場で本作を観たくなる。そんなスルメのような作品です。MCUはインフィニティーストーンをめぐる物語ですが、語りポイントが無限に存在するインフィニティーストーリだと思いました。

 

 

 

以下、ネタバレありです。 

 

 

この先、『アベンジャーズ/エンドゲーム』『アベンジャーズ/インフィニティー・ウォー』を含むMCU22作品全てのネタバレが含まれています。まだ未鑑賞、楽しみにされている方は、この先の閲覧をお控えください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

復讐の無意味さ

序盤、サノス惨殺にはいきなり驚かされた。そこに感じたのは、復讐(アベンジ)の無意味さである。コレは『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』でもトニー、ティ・チャラ、ジモの三人の視点で描かれたことだ。(詳細は別の機会に、『シビル・ウォー』のレビューで)

インフィニティーストーンが破壊された後でサノスを殺したところで、指パッチンで消えた人々は戻ってこないのだ。このサノス殺害に、もはや意味は無く、ソーの一時的な憂さ晴らしでしかない。そして、劇中トニーのセリフにもあるが、その後のソーの姿からもわかる通り結局、復讐や怒りはその人間を腐らせる。

 

 

変えられない現実 それでも前へ進む

そして続く5年後の描写。ここで描かれるのは「変わらない現実。変えられない過去」と「それでも続く現実。だから少しずつでも前に進む事(未来は変えられる)」だ。半分の人間が突如として失われた世界は、テロや災害など我々の住む現実世界にも通ずるものがある。テロ、災害、病気、不慮の事故、etc…理由はいろいろあるだろうが悲しみは人生に突然訪れる。それでも現実は続くし、不幸な日常だろうが小さな笑いが生まれることだってある(ハルクバナーのくだり)。自分たちは不幸でも隣の家では幸せが続いていることだってある(トニー一家)。そんな現実でも迷いながらでも少しずつでも前に進むことの尊さをスティーブは語っている。

そして、小さくても希望があれば、そのために全力を尽くして前へ進む。その小さな希望が「スコットラング」であり「タイムトラベルの可能性」なのだ。僕はタイムトラベル系SFが好きなのですが、今作で感心したのはタイムトラベル要素をガッツリ取り入れつつも「現実(過去)は変えられない」ということを最初から提示している事。彼らが過去に行くのは、あくまでも「過去を変えてやり直すため」ではなく「前へ進むため」である。だから仲間や平和を取り戻すためではあるが、ストーンを集める過程で失われた命は戻ってこない。ガモーラもロキもビジョンも、そしてナターシャも(トニーも)戻ってこないのだ。取り戻せるのはあくまで指パッチンで失われた命だけ。そこを徹底しているのがマーベルスタジオは凄いなと思う。

 

 

完璧な人間はいないが、人間は変わる事ができる

今作・・・というよりMCU全体を通して感じたテーマの一つが「人は変わる事ができる」ということだ。それがオリジナル6を通して描かれている。

 

最もわかりやすいのはトニー・スタークだろう。軍需産業で儲けてきたプレイボーイの自己中心的なトニーだったが、自分のビジネスが世界の平和を壊していることに気づき、ヒーロー・アイアンマンとなった。その後も自己中やエゴが原因で何度も過ちを繰り返し、時にはPTSDにも苦しんだ彼だか、失敗するたびに一歩成長して強くなってきた。フェーズ1の『アイアンマン』『アベンジャーズ』の頃、トニーが家庭を持ち親になるなんて誰が予想できただろうか。そして自分中心だった男は、自分より大切なモノと世界を守るために自分の命を投げ出した。一作目『アベンジャーズ』のセリフを借りるなら「鉄条網に身を投げ出した」わけだ。

 

キャップはトニーとは正反対の変化をしているから面白い。元々、世界平和のため、国のため、仲間のためだったら自己犠牲をためらわない男だった。だが、だからこそウルトロンにも言われた「戦争なしでは生きられないくせに」という矛盾にも苦しんできた。人々の平和を守るために戦ってきたけど、平和な日常で生活する自分を想像できないジレンマ。そんな彼は最後、世界の平和を取り戻せたことを確認したからこそ、初めて自分の幸せを優先したのだ。これも賛否あるけど、今まで世界のために尽くしてきたキャップだからこそ許せる選択だと僕は考えている。

 

ソーも賛否あるだろう。メンバーの中でも最初から高スペック、最強の雷神といわれる男。そんな彼が五年後、アル中の引き籠りになっているのだから批判は無理もない。しかしそれも「完璧な人間はいない。それでも人は変われる」という視点で観れば納得できる。最強なソーでも、最強に見えるソーだからこそ、そんな人間でも弱さを抱えているし、挫折もする。そういうことを描いているような気がする。何千年も挫折の無かった彼が、サノスへの敗北と、守るべき国を失い、弟を失い、民の半分を失った。おまけに防げたはずの悲劇を己の復讐心のせいで防げなかった(インフィニティーウォー終盤、サノス苦しめるため頭を狙わなかったせいで、指パッチンを防げなかった)。だから彼はトラウマを抱えて、前に進めずにいた。そんな彼も仲間と再会し、母と再会して、世界を取り戻すという目標を手に入れたからこそ、前に進むことができたのだ。

 

バーナーは、今までハルクを病気のように思って拒絶してきたけど、そんな自分(ハルク)のネガティブな側面を心の底から受け入れられたからこそ、バーナーとハルクの良い所取りの姿になれた。

ナターシャは残虐な暗殺者・スパイとして育てられた。でもアベンジャーズという家族を手に入れ、善良な人間に生まれ変わることができた。

 

各キャラ賛否両論あるけれど、とにかく皆変わったのだ。

 

 

 

 

正義とは?アベンジャーズとは?MCUとは?

ルッソ兄弟監督がいつだったかのインタビューで「自分たちが監督した4作品では、一つの一貫したテーマがあり、それの答えを今回のEGで描く」的な事を言っていた。僕はWS、CWをきっかけにキャプテン・アメリカが一番好きなキャラとなり、MCUが一番好きなエンタメとなった。そんな僕が今回のエンドゲームで読み取った答えは、「常に変化し前進すること」「自己決定の自由」「多様性を受け入れた団結」だ。

 

インフィニティーウォー公開以来、ファンが最も気になっていた今作のポイントは「サノスの提示した大義に対して、アベンジャーズはどう応えて勝利するか」だと思う。サノスの言い分は「このままの人口では資源が足りなくなり皆滅んでしまう。だからランダムに半分の命を滅ぼす事で残り半分の命を救う」というもの。前作IWでは、そのためらいのないサノスに対し、全員を救おうと犠牲を躊躇したアベンジャーズたちが敗北した。サノスは確かに強い。信念のもとためらいがなく、ハルクを圧倒するパワーを持ち、計算高く頭がいい。しかし、作品としては、ただ単に「より強い力で倒す」のでは意味がない。「お前の考える正義は間違っている」というのを力ではない理屈で示してほしかった。セリフや説明は無いが、物語の展開でそれをちゃんと証明してくれた。と思う

 

 

犠牲は正しいのか?意思決定の自由

今作でもナターシャとトニーは犠牲になったが、サノスの言う犠牲とは決定的な違いがある。それは自分以外の誰かのために、自らの意思で選択しているかどうかである。

サノスの犠牲は、他者犠牲だ。「大義のため」とは言いつつも自分勝手な理屈でロキの命を、娘ガモーラの命を、ヴィジョンの命を、全宇宙の半分の命を奪い、自分だけ農園で平和に暮らそうとした。今作の最終決戦でも不利になると仲間ごと攻撃を指示する。それはやはり正義ではなくエゴでしかない、悪なのだ。

対するアベンジャーズ面々、IWから振り返ると、ロキはソーを守るために、ガモーラはソウルストーンを渡すまいと、ストレンジはトニーの命を守るため(これはまたちょっといろいろあるが…)、ヴィジョンはストーンを揃わせないために、それぞれ自らの意思で犠牲になろうとしている。今作では、バートンとナターシャは最後まで自分が犠牲になろうとしたし、トニーは家族(世界)を守るために自らの意思で指パッチンした。

「結局犠牲が必要なのか」という意見があるが、アベンジャーズは最後まで最善策を尽くしたうえで他に選択肢が無い状況で初めて、犠牲を選択している。それに対してサノスは、上から目線で他人に「大義のために犠牲になれ」と強要しているのだ。それはやっぱり悪だ。

これがWSとCWでも既にそれぞれ描かれていたが、長くなりそうなのでそれはまた別の機会に。

 

 

多様性、団結、助け合い

そしてアベンジャーズが勝利した最大の要因は「多様性を認め合い、助け合い、団結した事」だと思う。「団結」については、シリーズを通してキャップが何度も唱えてきたことだが、今作ではそれが究極に達したと思う。

前作IWでの敗因は、団結しきれていなかったことだ。CW以来、チームはバラバラだった。しかし今回は違う。バーナーが落ちぶれたソーに言った「君に助けられた、だから今度は僕が君を助けたい」。バートンとナターシャの関係もそうだ。詳細は語られてないが、昔バートンが救ったからこそ今のナターシャがいて、そのナターシャが五年後の荒れたバートンを救ったのだ。

そして最後のアッセンブル。アベンジャーズは、出身も人種も性別も年齢も価値観も超えて団結した。暴れん坊だろうが元スパイだろうが神様だろうが未成年だろうが前科者だろうが元ヴィランだろうがアホだろうが改造人間だろうがパワーが無かろうがアベンジャーズは受け入れる。そういう多様性を受け入れて団結した。

そしてそのリーダーは他でもないキャプテン・アメリカ。彼は一作目の副題「ファースト・アベンジャー」だが、それはただ単に「歴史上最初のヒーロー」という意味だけではない。FAでもAVE1でもWSでもCWでも、今回のアッセンブル直前でも、いつも正義のために最初に立ちあがり、どんな不利な状況でも自分の信じる正義と仲間のために戦ってきた。そして仲間を信頼し、個人の選択を尊重してきた。そんな彼がキャプテンだからこそアベンジャーズは団結できたのだ。それが、独裁的でエゴで動いてきたサノスとの決定的違いだ。

 

絶対の者VS進化する者

そしてもう一つサノスとアベンジャーズの違いがある。前にも書いたがアベンジャーズは、常に変化してきた。それを象徴するのが最後のトニーだ。「私は絶対なのだ」というサノスに対して、「ならば私は、アイアンマンだ」と言ったトニー。ではここで言う「アイアンマン」とは何なのか。トニーは、失敗と挑戦を繰り返してスーツを何度も進化させてきた。「アイアンマン」とはトライ&エラーを繰り返して常に進化してきた存在なのだ。だからこそトニーは、ガントレット機能を兼ね備えた究極のマーク85を作り出す事ができ、ただの人間が最強のサノスを倒せたのだ。

 

 

 

 

と、まだまだ語りたい事は山ほどあるけど、キリが無いし語彙力も無いし疲れたので今回はこの辺で締めます。この先、今作が歴代興行収入第1位となり、記録をどこまで伸ばすのかまだまだ楽しみです。

このMCUの伝説誕生にリアルタイム世代として立ち会えた事が本当に嬉しく思います。

 

ありがとうマーベルスタジオ!ありがとうアベンジャーズ